べっさんのニュージーランド自転車旅行記

ニュージーランド走ってきました

あとがき

あとがき

 それから2日後、僕は無事に日本に帰国した。帰ってからしばらくは家族や友人に旅の話をせがまれ、有頂天になって聞かせてやったりしていたが、すぐに新学期が始まり、一気に日常に引き戻された僕の生活は、すっかりもとに戻った。しかし、同じように見えて、旅に出る前とは何かが違っていた。これまた自分の文章力の欠如によるものかもしれないが、何か、余裕というか、自信のような(あるいは過信かもしれないが)ものが、僕の意識の中に備わるようになった。同時に、これだけの経験でよいのか、という不足感も抱いていた。(そんな僕はこの年の夏、ハワイ島に自転車旅行に行く)

ただ、一つ言えるのは、行動してよかったと思うことだ。お金がかかるかもしれない。トラブルに巻き込まれるかもしれない。人様に迷惑をかけるかもしれない。マイナス要素を挙げればきりがないが、あの時、本能に従って航空券をポチっていなければ、酸いも甘いもまぜこぜにした諸々の素晴らしい出来事を経験せずに一生を過ごしたかもしれないのだ。

最後に、この旅は決して僕一人では達成しなかったものであることを述べておく。家族、友人、旅先で出会った人の支えがあったからこそでの経験であることをしっかりと胸に刻み、感謝の言葉をここに記しておく。

2018.4.11 

 

 

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DAY 35「最後の試練」

3/27  DAY 35  from Amberley Beach to Christchurch

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ヘーゼルナッツチョコクリームマンゴーバ ーガーという、バナナご飯に次いでえげつないものを作ってしまった

 とうとう最終日だ。朝7時半に起床。少し雨がぱらついている。最終日くらい晴れろよと思っていたが、どうやらその願いはかなわなさそうだ。テントを片付け出発。霧雨程度だった雨足が少し強くなる。5km先の、昨日も訪れたCountdownで一時待機。Bluebird(ブルーバード)のThick Cut(厚切りポテトチップス)を食べながら雨が弱くなるのを待つ。30分ほどして雨が止んだので、一路Christchurchを目指す。しかし、そのままゴールと行くほど甘くなかった。止んだと思っていた雨が再び振り出し、しかも逆風も加わって、あっという間にびしょぬれに。雨足の強さはこの旅一番のものではなかろうか。何もよりによって最終日に。まあ、今日屋根のところに泊まれることが確約されているだけましか。

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Feijoa(フェイジョア)。Countdown の店員に個性的な味がすると教えてもらったが、食べてみて納得

 雨はますます強くなっていく。こういう時に限って周りは何もない農場ばかり。ただひたすらこぐしかない。朝の出発時には、今日がNZを走る最後の日かと寂しさを覚えていたのに、そんな気持ちは宇宙の彼方に飛んで行った。

 30kmほど進んでRangiora(ランギオラ)に到着。体は冷え切り、指先の感覚がなくなりかけている。New Worldに駆け込み、ホットドッグを買う。もはや雨はやむ気配がない。仕方がない。進むしかないのだ。ゴールが近づいているという高揚感は全くない。ただひたすら路面を注視して水たまりをよけ、通り過ぎる車の水しぶきに耐えながらペダルを続ける。

 かなり無心になってこいだのもあってか、2時ごろにChristchurchのCity Centreに到着した。Aucklandもそうだったが、町のいたるところで工事が行われている。少し想像していたのとは違って、都会というよりはむしろ住宅街という感じである。

町の中心にあるChristchurch Cathedral(クライストチャーチ大聖堂)をゴール地点に定め、近くの人に写真でも撮ってもらおうと思っていたが、改修中なのか何なのか、予想していたよりも殺風景なところだったのでやめた。そのまま、帰国まで泊まるDorset House Backpackers(ドーセット・ハウス・バックパッカーズ)に向かう。City Centreから少し離れたところにあるバックパッカーズは、外観はおしゃれな家で、内装もなかなかきれいだ。トイレやシャワールームは広く清潔で、日本に帰るまでの2日間を過ごすには十分すぎるほどである。チェックインを済ませシングルルームに荷物を運びこみ、ようやく一息つく。終わった。とうとうゴールしたのだ。びしょぬれのレインウェアを着たままでボーっと突っ立っていながらも、徐々に高揚感がこみあげてくる。35日。走行距離1887km。いろいろなことがあった。苦しいこともあった。やめたいと思うこともあった。それでも、坂を登り切った時の初めて見る景色に感動と、下り坂を高速で駆け降りるスリル。行く先々で出会う、新たな未知のものに触れる新鮮さ。そして、やさしい人達との出会い。それらを経験する度に、よし、また頑張ろうと前を向いてきた。

 さあ、今晩はごちそうだ。少し休憩してから4km先のPak’n Saveまで自転車を走らせ、食材を買い込む。ミックスグリルを作るのだ。うまい、うますぎる。かなりの量があったにもかかわらず、あっという間に平らげてしまった。

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Christchurch Cathedral

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町中を Tram(路面電車)が走っている

 今日と明日、丸1日かけて帰る準備をし、明後日の午後に帰路に就くが、この日記も今日で終わりにしようかと思う。普段、日記の1つも書かない僕が、1か月以上も毎日文章を書き続けるのはとても骨が折れるのだ。とにかく、出発してから大きなアクシデントもなくゴールできてよかった。それだけを記しておこう。「帰るまでが遠足」というから、家のドアを開けるまで、もう少し気を引き締めて、母国に帰ろうかと思う。

 本当に長い、長い遠足であった。

   走行距離: 64km 計: 1887km

 

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Dorset House Backpackers

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旅の節約の後の贅沢である

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DAY 34「ゴールは近いぞ」

3/26  DAY 34  from Balmoral to Amberley Beach

 朝方にかなり雨が降ったようだ。7時半に起床。出発の準備をしつつも小雨が降ったりやんだりしている。久しぶりにレインウェアの出番である。9時に出発。この生活も、今日を含め、あと2日かと思うと、何だか切なくなる。まあ、SHをぶっ飛ばす車によって、そんな感傷は一瞬にして吹き飛んだが。

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とうとう Christchurch の案内標識が

 このあたりはCanterbury(カンタベリー)地方と呼ばれ、大きな平野となっている。高低差と言ってもなだらかな丘程度しかなく、道路も基本的に直線なのですぐに距離が稼げてしまう。出発してから1時間でもうすでに30km。あと10kmほど進めばCountdownのあるAmberley(アンバーリー)に着く。早い。早すぎる。ラスト2日がこんな簡単に終わっていいのか。まあ、いいのだろう。これまで幾多の試練を乗り越えてきたのだから、あとは楽々ゴールと行こう。(この予想ものちに裏切られることとなる)

 Amberleyに着き、Countdownで買い物をする。今日の宿泊地を探すが、海辺のAmberley Beach以外に泊まれそうなところが見当たらない。海辺はsandflyがたくさんいる。できれば避けたいが、まあ、今日で外に泊まるのは最後だから我慢しよう、とそこに向かうことにした。

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Amberley Beach

 Amberley Beachは石ころの浜で、沖のほうからひっきりなしに大きな波が押し寄せてくる。キャンプ場でお昼にする。帰るまでに残りの食料を全部消費しようと、two minutes noodleを2袋食ったが、気持ち悪くなったので次からやめようと思う。食後、海辺を散歩しながら大声で歌を歌う。こんなことができるのも今日が最後だ。ふと、足元を見ると、石ころだらけの灰色の浜とは対照的に色とりどりの花が咲いている。足を止め、写真に収めてじっくりと観察する。普段はそういったものをじっくり見る機会もなかったが、旅の間はこういう時間を大切にできる。

 浜のすぐ隣にラグーンがあり、それを囲むようにして散歩道が整備されていたので入ってみた。少し木々が生い茂ったあたりには、黄色い落ち葉が道を敷き詰めている。ふと道の端に目をやると、ベニテングダケが生えていた。「美しいものには毒がある」ということわざの象徴である。

 浜を2時間ほど散歩した後、キャンプ場に帰って残りのルートを確認する。ゴールまで残り56km。よくぞここまで来た、という感じである。明日の晩飯は豪華にしようと、アイデアをメモに書く。そんなことを考えながら飯を食い、テントに入り寝る。

   走行距離: 58km 計: 1823km

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落ち葉を踏みしめる

 

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缶詰食生活もあと少しだ

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浜に咲いていた色とりどりの花

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キノコの色彩の美しさに思わず息を飲んだ

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DAY 33「ひたすらにまっすぐ」

3/25  DAY 33  from Hanmer to Balmoral

 朝方の冷え込みで、2回ほどトイレに行ったが、久々にベッドで眠ったことで、大分体力が回復した。朝は7時。まだ日は昇っていないが、そろそろ朝ご飯の時間のはずだ。ところが、8時を過ぎても彼は姿を見せない。少し様子がおかしい。さすがにお腹がすいたので、昨日自分で買ったパンを食べる。

そこから2時間がたち、彼が姿を現したのは10時。volunteer ambulance(61)(ボランティア・アンビュランス)で出動していたらしい。なんでも、女性が肩と足の骨を折る重傷で、ヘリでChristchurchの病院まで搬送されていったという話だ。朝から姿がなかったのはそういう訳だったのかと、僕は納得した。

そこから、遅い朝ご飯である。パンにバターを塗ったのと、昨日の残り(と言っても僕はこれがすごく気に入ったので喜んで食べた)を食して、食後の一休み。今日もかなり寒い。彼が暖炉に薪をくべ、火をつけると部屋の中はかなり暖かくなった。と同時に睡魔が襲い、ソファで午前中から爆睡をかます。目が覚めると、もうお昼の12時だ。さすがに少し長居しすぎたと、荷物をまとめて、彼に最大限の感謝の言葉を伝え、家を後にする。

 今日はCulverdon(カルバードン)のはずれにあるBalmoral Reserve(バルモーラル・リザーブ)のキャンプ場までの平坦な道のりだ。天気は相変わらず曇りで、時折雨もぱらつくが、前日までのgravel roadと比べると、天と地の差のスピードである。あっという間に40km先のCulverdonに着き、公園でお昼にする。two minutes noodleにはいつも卵を入れるのだが、今日は贅沢をしてサラミを200gぶち込む。

 再び出発。ここから直線の道が15km続く。真直ぐな道が見えなくなるまで続いているのだ。しかし、泊めてもらった彼の話では、Australia(オーストラリア)にある150kmの道が世界で一番長い直線路だという。もちろん、彼はそこに行ったことがある。

 こういう道は、トレーニングだと思って無心でこぐしかない。ゾーンに入れば(集中する領域に入れば)、あっという間だ。今日の宿泊地Balmoralに到着。キャンプ場にはいたるところに針葉樹が生えている。ヒマラヤスギやメタセコイヤといった日本で見かける種もあるが、旅の道中でよく見かけた背の高い松の木も生えている。これらの木を観察しているうちに飯の時間になったので、ご飯を炊き、飯にする。デザートにオレンジを食べた後、テントに入って寝た。

   走行距離: 50km 計: 1766km

 

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延々と続く真直ぐな道

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キャンプ場には針葉樹がたくさん生えていた

脚注

(61)Volunteer ambulance:民間人で、複数人が担当して要請時に救急車を出動させる。日本の消防団のようなシステムと思われる。また、地方では、重症患者がヘリで都市の病院に運ばれることは珍しくない。

 

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DAY 32「せかいを まわる じてんしゃ りょこうしゃ」

3/24  DAY 32  from Acheron to Hanmer Springs

 やはり朝早くに目が覚めてしまう。昨日の晩に準備しておいた米を入れた鍋に火をつける。真っ暗な中、ガスの青白い火が光る。外は息が白くなるほど寒い。飯を食ってまた寝袋に包まる。ふと目を覚ますと8時。まだ気温はそれほど高くはないが、空は晴れていて、今日も暑くなりそうである。荷造りを済ませ、キャンプ代を払って出発。川沿いの道の続きである。しかし、10kmも行くと、乾燥した台地が減り、緑の針葉樹や低木の茂みが目立つようになった。この変化は、ここ3日間茶色の色彩に飽き飽きしていた僕にとってうれしい変化だ。遠くに目をやるとSt. James Range(セント・ジェームズ山脈)の山々がそびえたつ。川は水量が増え、鳥も多くなってきた。

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景色に変化が訪れた

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St. James Range

 Hanmer Springsに行くには、もう1つ峠を越えなければならないが、その行き方には2通りの道がある。1つはJollies Pass(ジョリーズ峠)。Hanmerへの距離は最短だが、その勾配がえげつないらしい。もう1つはJacks Pass(ジャックス峠)。遠回りになるが、比較的なだらかということだ。ここは迷わずJacks Passを選ぶ。たしかに、今までの数々の峠道と比べても、楽な登りである。

峠を越えたとき、ついに生い茂る木々の向こうにHanmerの町が見えた。このときの感動をどう表現したらよいだろうか。多分、言葉では不可能であろう。昼飯を食い、一気に坂を下る。この前転んだことがふと脳裏をかすめるが、そんなことをお構いなしに、地球の重力は僕の自転車をトップスピードに加速させる。この4日分に登った分をチャラにする勢いだ。何度か危ない思いをしたが、うまくバランスをとり、時にドリフトしながら下っていき、ふもとのHanmer Springsの町に着いた。そして、とうとう道が舗装道路に変わったのだ。ああ、絹のような滑らかな走り心地だ。やはり文明は偉大だと思う。

さあ、まずは腹ごしらえだ。Four Squareで食料を買う。我ながら買い物もうまくなったものだ。お金の計算も小銭合わせもできるようになった。このままこの国で生活できるレベルである。

 Hanmer Springsはこれまた今までとは異なる雰囲気の町である。山を背景にログハウスが立ち並び、どこかヨーロッパの町を思わせる。そんな町のベンチで、パンにヘーゼルナッツチョコクリームを塗りたくり、パイナップルを丸ごと解体して箸でバクバク食っている僕は明らかに異質である。と、そのとき、Surly(サーリー)のバイクに乗ったおじさんが近づいてきた。今日はどこから来たの、と聞くので、Acheronからと答える。今日はどこに止まるの、と聞かれ、まだ決めていないと答える。すると彼は、じゃあ、私の家に来なさいと言うのだ。シャワーも浴びていいし、ベッドで寝ると良いと。重ね重ね言っておくが、こういう時に遠慮をしてはいけない。2つ返事で彼の家に向かう。Town Centreからそれほど遠くないところにある彼の家は、とても内装が洒落ていて、僕はとても気に入った。冬は寒くなるのだろう。リビングには暖炉がある。とりあえず、何週間ぶりかのシャワーを浴びさせてもらう。ああ、やはり文明は偉大だ。しつこい。

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Hanmer Springs

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ベンチで休憩しているとミツバチがやって きた

 彼はイベントの管理の仕事をしているらしい。そして、僕が一番驚いたのが、彼は自転車旅行者だったことだ。それも世界一周を成し遂げている。彼のタブレットで見せてもらった宿泊地を示した地図を見て僕はびっくりした。世界中に印が付いている。彼は2年半でこれを達成したという。

彼の庭はちょっとした家庭菜園より素晴らしい。そこにはレタス、ブロッコリー、カリフラワー、ズッキーニ、ネギ、メロンなどたくさんの野菜が育っている。彼はそれらをふんだんに使った手料理をふるまってくれた。

 おいしいディナーの後は、彼の世界一周の旅行のときの写真を見せてもらう。チベットの標高5000mの山道や、ミャンマーの村の様子など、実に興味深い写真ばかりであった。その後、今後のルートをともに話しあい、良い時間になったので、おやすみなさいと言って、久々のベッドで眠りについた。

   走行距離: 28km  計: 1715km

 

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この 4 日間でかなり汚れた自転車

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Hanmer Springs の町が見える

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DAY 31「標高1145m」

3/23  DAY 31  around Molesworth Station

 朝5時に起きて朝飯を食い、その後2時間も2度寝するという悪習慣が染みつきそうで怖い。まあ、この旅もあと5日ほどで終わるのだが。ラジオ体操をして出発。空はどんよりとしていて、今にも雨が落ちてきそうである。相変わらずsandflyの多さは異常で、今日は、自転車で走っていてもついてくる猛者までいて、うっとうしいこと極まりない。風変わりな山の景色も3日目ともなるとただの殺風景な荒野にしか見えないし、gravel roadの新鮮さも失せた。しかし、そんなローテンションでも走らなければならないのだ。途中、野ウサギがいて、運よく写真に収めることができた。これで少し気分が上向き、一気に20kmほどこいで、Molesworth Stationに到着。キャンプサイトなどの横を通り過ぎたところに小屋があって、DOC(60)のレンジャーが1人いた。かなりのおじいさんだ。彼は僕にどこに行くのかと聞く。今日はあと30kmぐらい進むよ、というと、次のキャンプ場は6、70km先だと彼は言うが、少し声がこもっていてその後の話が聞き取りづらい。なんだかゲートが閉まるとかいう話だと文脈でなんとなく把握したが、まあ、あまりよくわからない。彼と別れて先に進むと、行く手のゲートに「この先キャンプ禁止」と書かれている。なるほど、つまりはこういうことか。ここから先でキャンプがしたかったらそのキャンプ場まで行けということか。今日はもうすでに30kmこいできている。ここからさらに60kmもgravel roadを進むことはほぼ不可能である。適当に場所を見つけてテントを張ればいいさ、とあまり深く考えず前に進むことにした。これが、後にちょっとした事件になるのだが、その話はまた後で書くことにしよう。

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野ウサギ

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雲が低く垂れこめる

 ゲートを抜けた途端、道の様子はすっかり変わり、砂利を多く含んだ、足元のゆるい道になった。この道の悪いところは、上り坂でタイヤが空転してしまうことである。登ることが困難になるのはもちろん、バランスを崩す原因ともなるので危険である。案の定、下りで一瞬わだちの間の砂利に車輪が乗っかり、あっと思う間もなく転倒した。ここ2年程自転車に乗っていてこけたことがなかったが、幸いにもけがはなく、自転車も荷物も無傷であった。これは危ないなと、ビンディングを外して進む。かなり標高の高いところに来ているのだろう。山を覆う雲が手に届きそうだ。

 しばらく進んでいるとDOCのピックアップが横に止まった。今度は後ろの髪の毛を長く伸ばした特徴的な髪形のおっさんで、荷物をトラックに載せて次のキャンプ場まで運んでやろうという。ところが強情な僕は、いや、このままいくよと断った。すると彼は、僕が来た方向を指してまだ向こうにもう1人いるから(さっきのおじいさんのことだろう)、たどり着けなかったら、彼に乗せてもらいな、といって走り去ってしまった。この時点で、この地帯のキャンプの規制がかなり厳しいことを自覚し、忠告を聞いておくべきだったかもしれない。

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転倒して、路肩に座り込む

 さらに進み、標高1145mのWards Pass(ウォーズ峠)に入った。ここが一番高いところだという。なるほど厳しい坂道である。タイヤが空回りしてとてもバイクに乗っていられない。自転車を押して坂を上る。途中で、お昼も過ぎていたことに気づき、ラーメンでエネルギーを補給して再出発。何とか登りきった。峠というのはいいものである。視界が急に開け、山の向こう側の新しい景色が一気に飛び込んでくる。あの新鮮さは何回味わっても飽きることはない。標高1000mではなおさらである。峠の向こう側は少し広がっていて、Acheron River(アチェロン川)が流れている。Awatere Riverが東向きに流れていたのに対し、Acheron Riverは西向きに流れ、中間地点を超えたことを実感させる。

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Wards Pass から来た道を見下ろす

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Wards Pass の向こうには Acheron River が流れていた

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つくづく、とんでもないところに来てしまったものだ

ここから先はしばらく川沿いを走るので、アップダウンも穏やかだ。今日は少し距離を稼いでおこうと、サイクルコンピューターの数字が55kmを超えたところで道端の眠れそうなところを探す。よさそうな所を見つけてテントを張り、一服していた時だった。道の遠くから1台のピックアップがやってきて目の前で止まった。いやな予感がする。乗っているのはさっきのおじいさんだ。おじいさんは「ここでキャンプをしてはいけない。20km先のキャンプ場まで連れて行ってあげるから荷物を載せなさい。」という。それなら自分で行く、と言おうとしたが、あたりはかなり暗くなっている。夜のgravel roadは危険だ。まあ、仕方ないと頭を切り替え、自転車を荷台に固定してもらい、トラックに乗り込む。罰金などを払わなければならないか、と覚悟したが、おじいさんは、ここら辺は夜にハンティングをする人がいて、そんなところでテントを張っていて万が一のことがあったらいけないだろう、と僕に言ったきりで、そのようなことをいう気配はない。彼の本業は医者で、この仕事はボランティアなのだという。彼は、キャンプ場に着くまでその他いろんな話を僕にしてくれた。

 20kmの道のりも車ではあっという間である。乗せてもらったお礼をいい、人のいないだだっ広い芝生で1人テントを張る。ここでもsandflyの多さは異常だ。完全に暗くなるのを待ち、飯を食って寝た。

   走行距離: 57km  計: 1687km

 

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峠の向こうにはどんな世界が待っているの だろうか

脚注

(60)Department Of Conservation:NZの自然や歴史的遺産の保護に携わる機関

 

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DAY 30「坂の上の景色」

3/22  DAY 30  around Molesworth Station

 昨晩はよく眠れなかった。テントの張り方を少々ミスったようで、寝ているうちに下の方にずり落ちていく。何度も上の方に這い上がっているうちに朝になった。5時過ぎに仕方なく起きてしまい、CountdownのちぎりパンにNutella(ヌテラ)を塗りたくって食べる。食料はたくさん買ったつもりであったが、今思うと4日を乗り切るにはちょっと足りない感じがする。空腹を我慢して食べる量を減らすしかない。そんなことを考え、飯を食い、準備をするのだがやっぱり眠たい。寝っ転がっているうちに眠り込んでしまったようだ。目が覚めると8時。2時間ほど寝ていたようだ。れっきとした2度寝だが、おかげですっきりした。

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見慣れない植物も

 今日もラジオ体操をしてから出発。昨日に比べて道がやや本格的になってきた。gravel roadのくせに、カーブには一人前に傾斜がついているから、若干外向きに車体を向けながらドリフトするように進まないと滑ってこけてしまう。数kmも行くと、両側の山が迫ってきて、台地部分が少なくなってきた。結果、ブドウ畑はなくなり、急斜面の牧草地に景色が変わった。それもかなり数が減ってきている。今日は朝から曇り空で、山々の頂上付近をどんよりとした雲が覆いかぶさっている。川は豊かな水量をもち、きれいな水色と、耳に心地よいせせらぎを奏でている。ただ、道は容赦なく崖の上と下と行ったり来たりと激しい。崖の上では少し道をそれると50m真っ逆さまに落ちてしまうので気が抜けない。そんな過酷な道を平均時速8kmという非常に遅いペースで進んでいく。車は30分に1台通る程度なので、楽である。途中でバスを改造したキャンピングカーの夫婦に出会った。彼らはリンゴを1つくれた。ありがたくもらう。

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川の浸食で谷が形成されている

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足を踏み外せば真っ逆さまである

 25kmこいだ時にはもうすでに1時。支流の谷にかかる、足のすくむようなつり橋を渡った先に開けたところがあったので、そこで飯を食う。と、そこへキャンピングカーが1台やってきて、中の老夫婦がお茶でも飲むか、と誘ってくれた。飯を食ったらすぐ行く、と答え、ラーメンをかきこむ。キャンピングカーの前にアウトドアチェアを置いて、お茶とクッキーをいただき、この先の道の状況などを聞く。夫婦は今日Molesworthから来たらしいが、そこは驚くほど寒く、霜が降りかけていたという。また、Molesworth周辺はここら辺のgravel roadとは異なり、もっとごつごつしているから気を付けた方がいいという話もしてくれた。どうやら、ここからさらに過酷な旅になりそうである。まあ、でも車が通れるほどだから大丈夫だろう。Rimutaka Cycle Trailでの経験は僕に変な自信を与えているのだ。

 他にもいろいろな話をした後、別れ際にginger biscuits(ジンジャービスケット)を1袋もらい、再出発。道に少し変化が現れたのは35kmすぎだった。だんだんと川沿いから離れていったかと思えば、目の前に現れたのはざっと1kmはあろうかという長い長い、直線の激坂。その勾配は30%を優に超えている。しかもその先の道まで曲がりくねって登っている様子が見えているのだ。思わず、自転車を降り、立ち尽くす。心の準備をするのに5分ほどかかった。腹をくくって登り始める。雲は一つ残らずどこかに消え、ぎらぎらとした太陽が背中を照り付ける。それでもこの1か月毎日自転車に乗っていただけのことはある。何とか直線部分を登り切った。が、いまだ勾配はきついままなので休むことはできない。(59) そのまま2、3kmの登りを耐え、比較的勾配の緩いところでようやく休憩。ふと、後ろを振り返ると、そこには素晴らしい眺めが広がっていた。いままで、谷を取り囲む山のおかげでその存在さえも忘れていたKaikoura Range(カイクラ山脈)のギザギザとした、背の高い灰色の山々が姿を現したのだ。それらは雲を突き堂々とそびえたっている。ふと見下ろすとつい先ほど休憩していた場所のポプラの木が豆粒のように見え、そこから自分のいるところまでの道が美しい曲線をもってつながっている。この景色を目にした時、僕ははじめてこの道を来てよかったと心から思ったのだった。

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リンゴをいただいた

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坂を前に一休み

 さあ、感動ばかりもしていられない。今日も50km進まなければならないのだ。のこりの坂道を、力を振り絞って登る。その後も、ロングスパンのアップダウンを繰り返し、走行距離が50kmちょうどになったところで、Awatere River(アワテレ川)のほとりの道路脇にテントを張り、川で水浴びをする。誰もいないのをいいことに素っ裸になるも、昨日の沢よりはましだが全身をつけるのは勇気がいるほどには冷たい。十分に体を洗い、川辺で飯を食う。sandflyは相変わらず多いが、歩きながら食べるという究極の方法で対処する。

 夜になると、ここのあたりは民家も何もないのでライトを消すと漆黒の闇に包まれる。目を開けているのか閉じているのかもわからない。おやすみ。

   走行距離: 50km 計: 1630km

 

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坂を上り切った時の風景

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ニュージーランドらしい光景。牧羊犬が群れをまとめる様子は素晴らしかった

脚注

(59)坂道での再発進:坂道で停車し、再び出発するには素早くクリートキャッチ(ペダルとシューズを固定する機構をつなぐ)を行う必要がある。これは勾配が厳しくなるほど難しく、ましてやgravel roadともなると、ほぼ不可能に近い。

 

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